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軽度知的障害SAKIKOのすすむ道

軽度知的障害の中学生SAKIKOとの生活を綴ります。楽しいこといっぱい、でも悩ましいこともいっぱいです。

特別支援学級の学習

 学校や先生によるとは思いますが、小学校の特別支援学級の学習面ではまったくあて

に出来ませんでした。

 

 SAKIKOは茨城県で小学校2年間を普通学級からの通級という形で算数と国語を特別支

援学級で過ごしました。ここでは、同学年の学習を少人数で行ない手厚い様子がありま

した。低学年ということもあるのでしょうが、授業の進みは、普通学級と同じにでき、

子どもたちも自然に少人数クラスを受け入れていていい体制だなと思いました。

 その後沖縄に移住が決まって、特別支援の申請に間に合わず、小学校3年生の時は、

普通学級に1年間在籍することになり、4年生では、特別支援クラスに入りました。

沖縄の小学校では、通級という体制は出来ませんでした。

 そして小学校3年生からの勉強は、ストップしてしまったと同様でした。

 

3年生の先生からは、SAKIKOの出来ないところをたくさん指摘されました。

図工の時に指示してもすぐ動かないとか、集団で動くときも準備が他の子と一緒にでき

ないとか。別に聞いたわけでもないのに次から次へと出てくる出てくる。

 いいところは、一つも言ってくれなかった。なんだかショックでした。

まあクラスでは見きれないとの事が言いたかったのでしょうが、こんな見方をされた

ら、SAKIKOがどんどん自信をなくしてしまうと感じました。

 

 4年生からは特別支援クラスに所属しましたが、他の生徒たちに手がかかったのだと

思います。大人しくて何も問題を起こさないSAKIKOは、自分でプリントを選んでやっ

ているような状況でした。

 先生に聞いても学習の進み具合などは把握していないのではないかという印象を受け

てしまいました。

 でもみんなの前で発表したり、動物の世話をしたり、クッキングを協力してやった

り、役割を持ったりということで社会性を身につけるという目的では、良かったのだと

思います。SAKIKOが安心して過ごせる場があるだけでもいいかという感じ。

 その頃のSAKIKOは、勉強にもあまり興味示さず、プリントも簡単なものばかりやっ

ているようでした。

 家でも勉強させていましたが、気持ちを継続させながら、繰り返し教えていくという

ことかなり根気がいるものですね。

出来ないことにすぐ癇癪をおこしてしまうこともありました。

 私の教え方に問題があったかと思います。

わからなくて苦しくて辛いのはSAKIKO本人なのに、追い詰めるような問いかけをした

かと思います。 教えたつもりでも数日後には、またわからず。結局理解しきれていな

いのだと思います。

 SAKIKOの気持ちになってすべて動いてあげれば良かったのに出来なかった。

今の私なら分かります。

SAKIKOには、3歳年上のお姉ちゃんがいるのですが

お姉ちゃんの理解力が頭にあって、教え方が間違えていたと思います。

 算数は、特に苦手でした。目の前にないものの想像をすることが出来ないので

文章問題は厳しかったです。